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2021年7月17日土曜日

言葉と会話、から考えたこと

ぐるんぱに通ってきている子どもたちの中には、言語理解が苦手な子もいます。

でも、その子たちがみんな、言葉の意味と同じようにコミュニケーション、言語で言うと会話と言うことになりますが、会話の意味というか機能を理解していないか?と言うとそうではないように思います。

いわゆるオウム返しをする子、それから声をかけられると「はい」という相槌で応答してくる子たちが、提案や支持をしても直ぐに実現できないことがあります。

ですが、彼らは、僕の独り言をオウム返ししたり、それに「はい」と相槌を打つことはありません。
自分に向けられた言葉で無いと判断しているのでしょう。

とすると、会話の、相手を必要とするコミュニケーションの社会的機能とでも言えば良いでしょうか?そういう機能は理解していると言うことになります。


「こういう話をしてもこの子は分かるんでしょうか?」と保護者からお尋ねを頂くこともあります。

こういうお尋ねに対する僕の答えは、大体「言葉一つ一つの意味やこちらの意図をそっくりそのまま理解したり、受け止めたりすることは、直ぐには難しいかもしれません。でもこちらが『あなたに伝えたい』という思いを持っていることは伝わっているんじゃないかと思うんです。」

言語理解が苦手でも、会話的なスタイルを設ける。
もちろん提案や支持と言うことを行って、物事を獲得したり、先に進めていったりするときには、絵カードなどを使う方が効率的だったりすることもあります。

でも、それ一辺倒になってしまうのは勿体ないと思います。

人と接する機会、その中では上手くいかないこと、上手く伝わらないこともあるわけです。

“効率的”なことばかりでは、いけない気もするんです。
殊更、人の成長とか発達とか、そういうことについては。

伝わらなくて、イライラしてしまう。
結構じゃ無いですか。
だって、「どうやったら伝わるかな?」がコミュニケーションなんですから。

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