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2024年2月19日月曜日

ステップアップもやわらかく

ステップアップを平面的に考えてはいけないと思います。

各ステップには奥行きがあります。

各ステップは平たんではありません。

時間軸というものだってあります。

自分自身のステップ以外に、周辺環境が影響を及ぼすことだってあります。

ステップを一段飛ばしでもいい場合もあります。


今の自分の立ち位置を明確にしながら、どこに向かうかさえ見失わなければ、そこへの道筋にはいくつかのルートがあってもいいのです。


ステップアップはできると「こうなりたい」に近づくかもしれませんが、しなくてはいけないものでのないし、自覚としてなくても実はしているということだってあるのです。


2024年2月17日土曜日

人に委ねることも大切(後半はハッキリモノを言いますw)

 僕もプライベートでは1児の父親です。
我が子のことは心から大切に思っています。

ですが、当然四六時中一緒にいることはできないわけです。
そうすると、彼と関わってくれている方たちに、お預けしている間のことについては委ねる必要があります。

この「委ねる」というのは、案外子育てでは大切だと思います。

学校、学童、祖父母、病院、習い事…息子を託す、というところでぱっと思いつくのはこういう場所です。

それぞれの場所に僕ら夫婦とは違った価値観を持った人たちがいるのです。
そして子どもを育んでくれているのです。
あるいは病院などは見立てや治療もしてくれるのです。

それぞれの立場と価値観で、それぞれの責任の下、様々なかかわりを持ってくださっています。
そこへ預けているのですから、判断やかかわりについても委ねるのが筋というものだと、僕は考えています。

何しろ、僕自身ができないものをお願いしているのですから。
出来るのであれば託す必要はわざわざないのです。

委ねることができず、相手の価値観に疑問があるということであれば、託さず自分でやる。

そういうある種の覚悟が子育てでは必要だとさえ思っています。

仮に僕自身が、それぞれの場所へ「我が子のことは1番分かっているから、こうしてください」と口を出すと「託す意味がない」というものです。

託すことができないのであれば、自分で多少の苦労をしながらもそばにいる必要があるでしょう。

委ねることに慣れていないと、ドキドキしたり、ヤキモキしたり、ソワソワしたり、イライラしたりすることだってあるかもしれません。

親心としては当然あるものです。
僕も多少はあります。
でも、そこをグッとこらえて「委ねる」のです。

そうすると、託された側は自身の責任で役割を全うしてくれることでしょう。
それぞれの専門性が違うのですから、違った視点や意見もあるでしょう。

それを承知して「託す」「委ねる」ということに挑戦してみてください。


↓ここから下はハッキリ書きます。


「大変なんです」ということで、誰かを頼ったり託したりするのであれば、委ねることまでセットでしてみてください。

オブラートに包まずに言うと「あなたのやり方だけでやってきて大変だったんでしょう?他の方法で上手くいくことがあれば良いじゃないですか」ということです。

それを「甘いからうまくいっているだけ」「家ではそうはいかないんだから止めてくれ」みたいに思って制止するのであれば、預けない方が良いです。

もっと言うと、「本当に状況を改善したいのですか?」という問いさえ突き付けられかねない問題です。

厳しいことを言うようですが「大変な中頑張っている」という自分を評価してほしいというだけで終わってしまいます。


関わろうとしてくれる周囲の人たちの根っこには「少しでも役に立てるのであれば」があるはずなんです。
「大変な中頑張っている」ということはちゃんと知ってくれています。

その「大変な中」から脱するための手段として立場によっては淡々と物事を進める人もいるでしょう。

そこに「大切な我が子をこんな“熱”のない人へ預ける」ことへ抵抗を覚えることもあるかもしれません。
でも、支えようとする人たちの多くは、「子ども」の中に「家族も含めた周囲」を含めて考えていくものです。
曲がりなりにもそれぞれのプロ。
おそらく、その人からすると、それが「必要」なのです。


この記事を見て嫌な気持になったり、苛立ちを覚える方もいるかもしれません。

けれど、僕自身はそう思います。

「委ねる」ことが出来ている人は、間違いなく輪も広がるし、より子育てが尊いものだと感じられるようになっていっているように思います。

2024年2月15日木曜日

西日本新聞に掲載されました

 今日の西日本新聞の朝刊にインクルささぐりのことが紹介されています。

良かったら読んでみてください⤴️
現場のスタッフだけでなく、裏方的に運営を手伝ってくれてくれている仲間も土台を作ってくれていて、そこへ通所してくる方たちも加わり、インクルささぐりの仕組みも風土も出来上がっています。
自慢の事業所です!
特に現場のスタッフはユニークで、それぞれが現場の支援だけでなく、運営やブランディングといった面にも積極的に関わろうと提案もしてくれます。
僕は「こんな事業所にしていきたいと思う」というビジョンと、「ここが気になる」という課題と、「こんなこと企画できないかな」ということを語りまくってきました。
それについて他のスタッフも同じ方向を向こうとし続けてくれています。
惜しみ無く、余すことなく、テーブルへ提案を出してくれて、存分にディスカッションもトライ&エラーもしてきました。
この1年で、そういうことが自然に行われる風土もしっかり根付いてきました。
見学へ来た方たちが
「ここに通いたい」
「ここで頑張ってみたい」
支援者側の人たちにも
「こんな現場で支援に当たりたい」
「障がいを持つ方たちの自立をサポートしたい」
手前味噌ですが、そう思わせるだけの自信もあります。
是非多くの方に見て貰いたい場です。
見学等はいつでも受け入れしています。
それから、4月18日と19日には、開業1年という節目ということで改めて内覧会を開催します!
制度を使い運営をし、仲間の知恵と工夫で付加価値を提供する現場です!

2024年2月12日月曜日

支援に多少のセンスはつきもの、という話。

 「センス」という言葉で片づけてしまうのは乱暴な気がしますし、それにばかり頼る支援はいただけないと思います。

それでも「センス」というものが多少は支援の現場ではあるような気もします。


僕がそれを強く感じる場面はいくつかありますが一つは「負荷のかけ方」という視点です。

「失敗体験を積ませない為に安全パイを取っていく」という方針。
「“あとちょっと”で乗り越えられて成功体験を積めそうなハードルを用意する」という方針。

まずは、目の前の子どもにどちらの方針を取るか?というセンスで分かれるところだと思います。
その次にそれぞれの方針の中で、対象児の状況や様子とズレが少ない負荷を用意できるか?というセンス。


もう一つ、これは支援者の主観?に寄り過ぎないように気を付けなくてはいけませんが、「どういうところに着目するか?」というセンスです。


例えば「お金の使い方」に課題があるとして「数字」や「数」の勉強をするという選択肢やお金には金種というものが存在するということを伝えるという選択肢があります。
これは、比較的「お金」に対して算数的なアプローチだと思います。

もう一つ「お金の価値」ということへの理解を進めるために「お財布を手作り」というアプローチもあると思います。


もちろん対象児の状況にもよりますが…

算数的なアプローチという支援者自身も「学校で習った」ことを中心に展開を考えるだけしか手札を持たない人と「自然に身に着けてきた」ことを支援の内容に活動として落とし込むことも手札として持てるのとでは、センスに違いを感じます。

どちらも手立てとしては「変わり種」「変化球」という程のものでもないので、こういう話になると多くの支援者が納得はすると思うのですが、「その子」に合わせて開けたい引出しをいつでも開けられて、手札を持ち出せたり、組み合わせたりできるのはセンスだと思うわけです。

知っているものに対して知恵を使って手立てへとつなげる感じですね。


先日、そういうことを簡単(そうに)サラッとやってのける支援者に出会って刺激を受けました。


僕自身も柔らかい発想で物事を捉え、センスを磨きながら丁寧に支援を続けたいと思います。

2024年2月8日木曜日

「旅行を楽しめたんです♪」

 プールに来ている未就学児の子のお母さんからうれしい報告をいただきました。


「旅行が好きなんですけど、今まで楽しむどころじゃなかったんです。」

「ロビーで走ったり、新しい場所で興奮しすぎて障子を破ったり…」

とこれまでのお話を聞かせてくれた後にこんな話が。


「でも、プールのおかげかな、と思うんですけど、公共の場で走り回らずに穏やかに過ごせて、家族旅行が楽しめたんです」


「プールのおかげ」かは分かりませんが、うれしいご報告です。


もちろん、子どもやその家族にとって、居場所が増えるあるいは減らさないというのは大切だと考えているので、公共の場で走らないという練習はしています。

せっかく、公共施設を利用するプール活動なので、そういうところも大切にしたいのです。


それが、こういう目に見えて帰ってくるのはやりがいにもなります。

プール活動を楽しむ、ということに付随してくるいろんな要素を丁寧に拾い上げて、療育活動の一環に落とし込んで、ライフスキルと言えるようなものへとつなげることが出来たら最高だと思っています。


泳げるようになるというのは二の次で良いと思います。

生活の困り感をプール活動を通して柔らかにする。

そういうものを目指していますので、興味のある方は是非お尋ねください。

2024年2月5日月曜日

学習の見通しを持つというのは難しい

中学3年生は受験シーズン真っただ中ということは少し前の記事でも書きました。

来週、再来週くらいから、中学1,2年生は学年末テストという学校が多くなります。

提出物完遂のためにぐるんぱとしてもお手伝いをしたり、見守りをしたりします。

すると、学習に苦手さを感じている子ほど、提出物への危機感が少ないということをすごく感じます。

「提出しなくてもいい」と考えている子はほとんどいません。

「間に合う」「今回は余裕」と答えていて、残量を聞くと、僕が驚くくらい残っていて…
その僕が驚くことに本人も「え?そんなに大変かな」と驚くということが度々起こります。

要は、スケジュールの見立てが苦手なんですよね。

自分自身がどのくらいの処理速度で課題をこなせるか、という見通しが非常に甘くなりがちなんです。


提出期限まで〇日。
課題が〇ページ。
だから1日●ページずつやればいい。

と考えているんです。
ほとんどの子が。

基本的には間違っていない。
けれど、それが複数教科にまたがっていることに気が付きにくいんでしょうね。

結果、国語は1日1ページ、数学は5ページ、理科も5ページ、社会、英語も4ページずつやらなきゃ…みたいになる。

すると、もともと勉強に苦手さを感じるくらいだから、その1日当たりのページ数をこなすのに3時間とかかかる…

そんな好きじゃない勉強できるはずないんですよw

そういう見通しが苦手なんだと思います。


目の前の教科だけのことで言えば余裕。
だけど、実はそうじゃない。
それにギリギリになって気が付く。

だれもそれを教えてくれないから、繰り返す。


そういうところへの気づきを持ってもらうのもぐるんぱの学習サポートかな、と思っています。

学習内容だけやればいいというものでもないんです。

2024年2月2日金曜日

素敵な時間を送った4年間、きっと花開く

 もう2月。

子どもたちは入試シーズン、そしてそれが終わるとに卒業です。


卒業するのは教え子たちだけではありません。

ぐるんぱを大学1年生のころから手伝ってくれていた女性も4年生なので、間もなく卒業です。

これまでも大学生の協力は得ながら運営してきましたが、一番長い期間携わってくれた子です。

その分、いろんな話もしました。

1度は、もうぐっしょりなるくらいに涙を流しながら話を聞かせてくれたこともありました。

今ではいい思い出です。

そして寂しくもあります。


でも、彼女はとても素敵な大人への階段を歩んでいます。

無事に、教員採用試験も通過し、春からは教職員です。

心の底から応援をしたい思っています。

きっと彼女は素敵な先生になります。

ただただ、教育者になるだけでなく、子どもたちの成長に彼女らしく伴走をしていくのでしょう。

そんな予感を感じさせてくれる子です。


10代後半から20代前半。

最初は少し頼りなさも感じていた子ですが、今では安心してお願いが出来ます。


あと数回、学習にも来てもらう予定です。

最後までよろしく。

彼女のおかげでできたこともあって、本当に感謝しているんです。

今日も事務所の別室から彼女と子どものやり取りがうっすら聞こえてくるのがとても心地よいです。


良い先輩や同僚に恵まれますように。