1985年生まれ福岡県宗像市在住。西南学院大学国際文化学部卒業。 2008年福岡県警察に入職するが突発性難聴を発症し退職。 難聴や精神の落ち込みを様々なサポートで乗り越え、支援者という立場に回りたいと考え、2009年障がい児者支援団体に就職。障がい児者に療育的プール活動と学習支援活動を提供する指導員として勤務。 2016年福岡県宗像市で療育活動を提供する知的・発達障がい児者支援団体「ぐるんぱ」設立。知的・発達障がい児者、その他困り感を抱える子どもたちへの療育的プール活動と学習支援活動、福祉事業所顧問、保護者学習会主催などの事業を展開。一般企業へも発達障がい啓発・対応研修も行う。 「オムツの取れなかった10歳児がプールを始めて3か月でオムツが取れた」「家庭学習が定着した」「自傷・他害行為が減った」「従業員の仕事効率が上がった」など各家庭や社会生活に寄り添う支援を実践。 お問い合わせは、下記のいずれかへどうぞ。 メール:gurunpa.munakata@gmail.com 電話:090-5724-0660 ぐるんぱHP:http://gurunpa-munakata.jimdo.com/
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2018年7月30日月曜日
チームになることへ向けて
2018年7月29日日曜日
25メートル泳いだEちゃん
彼女とのプールも1年半が経過して、メキメキと上達していっています。
彼女がついに25メートル、クロールで泳ぎ切りました。
初めはビート板の使い方も分からず、“泳ぐ”ということが全くと言って良いほどだったのです。
今でも初回の彼女とのプールの様子は鮮明に覚えています。
水の中で飛び跳ねてばかりで、ビート板を30秒と続けて持つことができず、手を添えながら、一緒にビート板を持つ練習と、足を動かすということを練習することからスタートでした。
1年半で、彼女は背も随分伸びました。
最近は、言葉も増えてきて、発音も明瞭になってきたところもあります。
当初は「いっ」と発音していたものも「1」と言えるようになってきました。
「ビート板キック」という音もかなりそれに近い音で復唱できるようになってきて、先日は「初めて『お母さん』と言ったんです」とお母さんから嬉しい報告もありました。
体操の時に数えることも薄っすらし始めています。
プール以外でもたくさんの成長を見せてくれているEちゃん。
まだ息継ぎは練習中で、犬かきのようにしながら顔を上げて呼吸を整えて再度泳ぎだす、というスタイルではありますが、初めて25メートルをクロールで足を着かずに泳ぎ切りました。
泳ぐときには両手をきれいに大きく回して、足もバタバタと動かして立派なクロールです。
彼女の頑張りをこれまでもずっと見守ってきてくれていた他の利用客の方からも「泳いだねぇ」と声をかけてもらえました。
彼女は、いつものようにぴょんぴょん飛び跳ねていましたが、その表情はどこか誇らしげな表情でした。
そして、彼女のお母さん。
いつも見学ロビーから彼女と僕のやり取りを見守ってくれる優しい素敵なお母さん。
初めは「迷惑では?」と「ごめんなさい」が多い自信なさげだったお母さんも、最近は彼女の泳ぐ姿を嬉しそうに眺めています。
Eちゃんが25メートル泳ぎ切ったとき、お母さんはとても凛とした表情で微笑んでいらっしゃいました。
プール後に「見ましたぁ?」と僕も思わず声を掛けたら、「はい、泳ぎましたねぇ」ととても嬉しそうに返してくれました。
「とってもかっこよかった」と。
何かが出来るようになる、っていろんな人と人を結ぶ可能性を持っているのだと改めて感じたところです。
これからも彼女と共に、彼女の家族と共に、地域の方たちと共に、歩んでいきます♪
保護者の“声”にも寄り添いたい
2018年7月23日月曜日
“つながり”を見つける
今日は遺品整理のプロフェッショナルが登場。
“つながり”を探す遺品整理。
ただの片づけに留まらない、気持ちの整理の手伝い、故人と遺族の“つながり”を探す遺品整理…
なんだかとても心を打たれて見入っていました。
“つながり”というもの自体は目には見えないけれども、目に見えるモノや作業を通して、確かに個人と遺族を“つなげる”技術と言うか思いと言うか…
一見、モノを相手にしている仕事ですが、コミュニケーションの仕事です。
いえ、もしかしたらどんな仕事もコミュニケーションなのかも、と改めて考えさせられました。
モノを片付けるのも、運ぶのも、作るのも、壊すのも…その先や背景にいる人へ思いを巡らし、仕事に当たる…そういうことが“本物の”仕事をする上では必要なのかもしれません。
2018年7月21日土曜日
人が溺れるときは静かである、という話
少し意外に感じる人もいるかもしれませんが、人が溺れるときは静かである事も多いのです。
これは泳ぎが不得手な人ほど静かに溺れる傾向が強いように思います。
ドラえもんの登場人物である、のび太君は、金槌で有名ですね。
アニメでも手足をじたばたさせて「わ、あ、溺れるー!」ともがく姿が描かれることがしばしばありますが、泳ぎが不得手だともがく暇もなく、スーっと沈むことも多いのです。
むしろもがくのは、ある程度泳げる人が、リズムを取り戻そうとしてるときに見られて、水しぶきを上げる事が多いように思います。
溺れるというのは、泳ぎの練習とは違うのです。
バシャバシャなると思ったら大間違いです。
静かに起こるから、毎年「気がついたら溺れていた」みたいな話がニュースでながれるのです。
特に子どもからは目を離してはいけません。
ビート板や浮き輪に掴まらせていたって同様です。
どんなに力強く握っていようと、どんなに上手にバランスを取っ手いようとも、水や波は不規則に押し寄せてくるものです。
波と波がぶつかって突然、思わぬ大きさの波に揺さぶられることだってあります。
すると、準備をせぬまま水を被ることになりますから、ビート板や浮き輪から手が離れることもあります。
水を思いがけず飲み込むことにもなります。
それで声も出せず、静かに水の中に引き込まれることになるのです。
人の体は、比較的浮かびやすいものではあるから、一度沈んでも水面まで大体において再び上がってきます。
けれど、今言ったように、思いがけず水を飲むと、その浮かんだ一瞬というのは、息を吸うだけで終わってしまいます。
その時にまた波が押し寄せれば当然声どころか息も吸えません。
目だけで必死に「たすけて!」を訴えることになるのです。
今日、プール指導中に、一般の利用者で、4才くらいの女の子が、ご両親と遊びにプールへ来ていました。
その子が溺れかけて、僕が水から引き上げました。
それこそ、その子はビート板に上手くしがみつきながらプールを楽しんでいました。
ご両親も傍で楽し気でした。
ところが、突然波に揺られて女の子の手からビート板がするりと抜けてしまいました。
ご両親は、というと1.5メートルくらい女の子から離れたところで、夫婦で会話をして笑っていらっしゃる一瞬の出来事でした。
決して、子どものことを放ったらかしにしていた保護者ではありませんでした。
上手に子どもと遊んでいらっしゃいました。
ところが、ほんの一瞬です。
ものの3秒くらいの間に、「ビート板から落ちる」「一回浮き上がる」「声も出せずに再度沈む」「目だけ水面に出て(たすけて!)と訴える」という事が起こりました。
たまたま直ぐ脇(2メートルくらい離れたところ)で、僕が生徒とのレッスンをしていて目に入ったから、泳いで近づき引き上げた、という次第です。
ご両親もとても驚いていました。
こういうことが起こるのです。
とても静かに。
誰にも知られずに。
夏休みに入り、プールや海、川に遊びにいくという人も多くなります。
場には大勢の人がおり、“目”がたくさんあるようですが、そのほとんどが“騒ぎ”にしか反応できません。
静かに溺れると、“潜る”こととそう違わずに見えてしまいます。
水場では楽しんでも、決して気を抜いてはいけません。
溺れるときには水深が5センチあれば溺れられるのですから。
「楽しかったね~、また来たいね」と笑い合えるようにするためにも、適度な緊張感を忘れずにお出掛けください。
2018年7月20日金曜日
プールを彼の居場所に
2018年7月15日日曜日
1つの可能性でしかないけれど…
小学生のM君。
今日で2回目でした。
プールの導入期としては順調です。
今日は泳ぎとは別の一面について。
彼がレッスンの途中から「ひこうき」「ひこうきのります」「ひこうき…いやだ」という言葉を繰り返していました。
とにかく、彼は飛行機が苦手な様子。
僕が「乗るの?」と尋ねれば「いや!」と涙目になるくらいに拒否を示します。
「いやなの?」とか「乗らないよ」と言えば、しばらくは落ち着くのですが、直にまた同じ問答を繰り返します。
お母さんに確認したら「ちょっと前からたまに」ということでした。
何だろう?なぜだろう?ということをいろいろと考えながらプール中も過ごしていました。
すると一つ、心当たりが。
「飛行機」の話をする合間に「耳」と耳に水が入ったことを訴える場面がありました。
その訴えと「飛行機」のタイミングが重なっただけかもしれませんが、僕は一つの可能性として、「耳に水が入った感じと、飛行機で耳詰まりを起こしたときが似ていて思い出すのでは?」というところに至りました。
プール以外の、水が耳に入らない場面でも「ひこうき」ということを言い出すということについても併せて考えてみました。
時期的に見て、気圧が彼の耳に影響を与えている可能性は?というところも考えてみました。
こればかりは、本当に僕の解釈で、僕の観察できる範囲でのこととなりますが…
一応、「こんな気がする」くらいのことは保護者へお伝えしてみました。
本当に可能性の一つとしてですが。
この問答は、僕の場合は「週に1時間のプールの中でのこと」ですが、ご家族はそれ以外にも続くとするなら、あるいは家族のストレスにもなりかねません。
何故だろう?何だろう?というのは続くと、その質にもよりますが段々とイライラを募らせることもあります。
解決にはならなくとも、考え方の糸口を探す手伝いくらいになれば、と思ってです。
的を射ているか、外しているのかはともかく、こうやって彼のことを考えていくということが、彼のことを知っていくことの一番の近道だと思うのです。
今夜、彼はどんなことを思い眠りについたのかな?
彼は、どんな夢を見ているのかな?
プール、プール、プール♪
するといろんな場面に出会います。
小学校高学年のR君は、これまでスイミングスクールで低学年のクラスでずっと過ごしてきていた子です。
彼は先月から僕とプールをスタートしましたが、最初の頃には確かに、ビート板でバタ足すらままならない感じでした。
そんな彼ですが、プールも人も大好きで、人懐っこい笑顔で毎回現れます。
そしてお喋りもしつつ楽しくレッスンを重ねてきています。
すると、今日は初めて25メートルをビート板を使ったバタ足で泳ぎ切りました。
「上級コースクリア!ボーナスステージに進みます!」ととても嬉しそうにはしゃいでいました♪
中学生のS君は、背泳ぎで25メートルを泳ぎ切りました。
今日は彼の送迎も請け負っていたので、その様子をご家族は見ていませんでした。
が、夕方、彼のお母さんからLINEが入り「背泳ぎで25メーターおよげたぁーと喜んでいました」と連絡を頂きました。
泳げたことは本人にとって嬉しかったのでしょう。
でも、僕はそれ以上に、このことを通して一つ親子の話題と言うか、喜びを伝える機会と言うか…そういうものが生まれたことが嬉しく思いました。
小学校中学年のM君は、今日で2回目。
2回目にして、とても大きな一歩を踏み出しています。
泳ぎ自体も1回目とは全然違って、自分でバタ足をする姿を見ることが出来ました。
それに加えて、周りの人を見ながら過ごすということが出来ていました。
ここから彼が、周りとの関係性をどんな風に作り上げていくのか、楽しみで仕方ありません♪
今日はプールに5回(1回1時間弱×5)も入っていました。
すると「そんなに入ったら疲れるでしょう?」ということをいろんな方から言われます。
当然ですよね、なかなかありません、こんなにプールに入る仕事と言うのは。
確かに疲れます、体力的には。
でも、他の仕事だって疲れますよね^^;それと同じです。
ただ、水の中と言うだけです。
それに、こうやって「ちょっと特別な場面」に立ち会えていると、体力的な疲れなんて吹っ飛びます♪
よく働き、よく休み、よく学び、よく遊び…そうやって子どもたちとも楽しんでいますから、歩き続けられます。
2018年7月10日火曜日
手をつなぐ会の「まなぼう勉強会」
今回僕が設定したテーマは「親だってそのままで良い」。
保護者向けに構成した自己肯定感のお話です。
持ち時間が30分というところだったので、どんな話にしようかと考えましたが…
僕が今日話の中でお伝えしたかったのは「親も子も尊ばれるべき、愛されるべき存在である」ということ。
想定される聴講者のほとんどが保護者ということもあり、役員さんとの打ち合わせで「お母さんたちがホッとできる」「安心できる」というキーワードを出されたのが僕の中に引っかかりまして、こういうテーマにしました。
と言っても、大した話が出来るわけではないので、ぐるんぱの活動をしていて保護者にどういう心持で僕が向かっているのかという話に近かった気もします。
実際に寄せられる保護者の悩み、そこへの僕のアプローチ。
イメージしていたのは、聞いてくださっている方から悩み相談が寄せられて、そこへ僕の考え方をお伝えする、というような感じでした。
勉強会という場も踏まえて「自己肯定感って?」みたいな話も少ししましたが、今回はやはり「ホッとしてほしい」というところを大切にしたかったので、ロジカルというだけでなく、ハートフルな面を出したいと思って望みました。
僕がイメージしていたことが届いていれば良いのですが^^;
これまで何度か人前でお話をする機会を頂いてきましたが、もしかしたら一番ぐるんぱらしい、永田らしい話題だったかもしれないと思っています。
帰った後に穏やかに、自分や我が子がいとおしく感じてもらえてたら嬉しいな、とそんなことを考えているところです。
その後、メイクハッピー&ピースの井本先生も発達障がいについてお話をされて、会の後半は茶話会になりました。
普段接する生徒の保護者とも違う保護者の方たちとテーブルを囲んでお話するのは、学びになります。
人の数だけ、悩みも思いも喜びも愛もあるのだと改めて感じます。
こういう声や思いに触れると「すべきこと」「したいこと」がクリアにもなって、活力にもなります。
なので、明日からもまたぐるんぱらしく、永田らしくボチボチ歩んでいきます。
ゴールが見えにくいって不安
2018年7月8日日曜日
M君とのレッスンの下地作り
はじめまして!ではないけれど
M君。
彼とは放課後等デイサービスでの学習サポートに入っているときに出会ったので、かれこれ2年前からの付き合いです。
彼のお母さんとも、何がきっかけだったかな?忘れてしまいましたが、時々メールをしてM君の様子などについて共有をさせていただいていたので、これまたそこそこのお付き合い。
なので初めまして感はほとんどない中でしたが、やはりぐるんぱの生徒として関わるのは初めてだったので、僕もドキドキでした。
(多分、M君もお母さんもそうだったのでしょうね)
夕方、雨がまた降り出したころ、傘をさしてM君、お母さん、妹ちゃんたちがやってきました。
今日の第一印象は、「M君、張り切っているな」でした。
前のめりで、早く入りたがって「まぁまぁ」という声掛けと共にレッスンスタート。
更衣室で着替える間も「プール入ります」「先生と一緒に入ります」と言いながらでした。
ただ、着替えが進むにつれてその声が少しずつ“硬く”なってきていたように感じました。
なので、玄関で挨拶したときよりか一回りトーンを落として「うん、そうだよ」と声をかけながら着替えをしていきました。
プールに入る前にトイレに行くか確認するも、「行かない」とのことだったので、シャワーを浴びて体操をして…いざ入水。
最初は「いや、いや、こわーい」「先生抱っこ」「あぶない」「あははは」プール室中に響く声量でこんな類の言葉と笑い声を繰り返していました。
この時彼の不安材料は「プールの深さの見当がつかない」「レッスンの流れがまだ分からない」ということがメインでした。
それは当然ですよね、初めてだから。
これまで“お勉強の先生”だった僕とプールで付き合うことになったから、どんな風に付き合えば良いのかも分からないですし。
それから「ビート板の使い方が分からない」ということもあったようです。
ビート板を持つことを「いらない」と言っていましたし。
(あの濡れたビート板の感触もそもそも独特で、決して気持ちいいものではないと思いますし)
いずれも“分からない”ことだらけによるものだったので、彼にどんな時間なのかを知ってもらえれば大丈夫だと判断しました。
周りの人も「お、初めての子だね」と声をかけてくれたり「大丈夫だよ、この先生優しいから」と言ってくれたり(照)して、大きな声量で不安を表現する彼に寄り添ってくれたこともあり、直に僕も知る彼らしさを見せてくれるようになりました。
もちろん彼自身の頑張りが大きいのですが、彼の“やりたいこと”を織り交ぜながら、今日はビート板でのバタ足をひたすら繰り返しました。
「25メートル泳いでプールサイドに設定したゴールにタッチをして折り返す」というこのルールだけ持ち帰って欲しいと思いましたから。
この間に、計ったように2周ごとにトイレに行きたがり、おしっこをしてまた戻る、ということをしながら、彼自身も心の準備を進めているようでした。
少しずつ、声のトーンも落ちついてきて、気が付いたら、自分の手でビート板を握って、足をバタバタさせていました。
ビート板キックの入り口です。
足が一回でも水を蹴ったら「出来たね?」としつこいくらいに確認をして、最初は自信なさげに小さな「はい」だったのが、次第に「出来た」と口に出せるようになり、僕にしがみつくようにして丸めていた身体も最後の方にはゆったりと使えるようになっていました。
いくら僕が「そうそう、その調子」と言っても、本人が「よし」と思えなくては意味がないですから、僕の中でこの確認はかなり重要でした。
「これで良いんだ」ということを存分に味わって帰ってもらえたかな?と思っているところです。
今日の様子から感じたことは「彼は泳ぎたいんだ」ということ。
泳ぐことのイメージは持っているようです。
ただ、まだ経験がないからドキドキもする。
当然です。
これからもステップアップの度に「え?次は何するの?どんなふうになるの?」というドキドキはやってくると思いますが、「永田とならやってみても良いかな?」と感じてもらえるような関係を作ることがまずは第一だと考えています。
余暇に繋げるためのレッスンですから。
別に競技で記録を残すためにするのではないですから。
もちろん東京オリンピックを目指す、ような期限があるわけでもないですから。
ゆっくり、味わいながら。
彼と僕が一緒に、今の立ち位置と、これまでの軌跡と、これから歩む道筋とを一緒に見ていけたらそれでOKだと思っています。
そんな付き合いをしていきたいものです。
まずは今日のM君との時間の全体像をブログに残しておきます。
また、別記事で、細かく彼の心が落ち着く模様を泳ぎの部分を中心に書いていきたいとも思っています。
初めて拭けた!
2018年7月5日木曜日
会議に参加して思う「出来るだけ地域で」「出来るだけ地域と」
この子との出会いは2年ほど前で、不定期ながらもずっと様子を見守ってきています。
切れそうで切れない…なんとも不思議な関係が続いています(笑)
いろんな話題・報告の中で、子ども自身の願いや保護者の願い、子ども自身の抱える困り感、保護者の抱える困り感というのが見えてきます。
会議が行われるからには、それなりに子ども本人や保護者の困り感があるので、支援の方向性は示していくことになるわけですが、手立てみたいなところに話が傾倒しないように、というのは心がけたいと思って参加してきました。
子どもの成長や親子のつながり、それぞれが自身のことも互いのことも愛しく思えるようになるというか…
やっぱり子どもも保護者も、それから支援者も、「出来るだけ地域で」「出来るだけ地域と」ということを持って歩んでいけたら良いなぁ、というのが僕のスタンス。
学習でも、プールでも、この二つの柱に繋がることを考えていきたいと、改めて感じました。