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2018年6月30日土曜日

打ち合わせ中に遊んじゃったという話

また7月10日に宗像地区手をつなぐ会からの依頼でお話をすることになりました。
今日は午後イチで、役員さんと当日に向けての打ち合わせでした。

何について話すのか、役員さんのお話を承けて、これから練っていこうと思います。

で、なんとなく話の方向性がまとまってきた頃(というか、僕に求められることの大筋が見えてきた頃)、役員さんがお連れだった子どもたち数名が、それまで大人の話を特に割ることもなく過ごしていたのですが、モゾモゾと動き始めました。

退屈し始めちゃったのかな?

10日は、僕ともうお一人講師がいらっしゃるので、そちらの方と役員さんがお話している間に、僕は遊ぶことにしちゃいました(笑)

最初は手帳に絵を描いて相手をしていた程度でしたが、子どもも僕も(笑)乗ってきちゃって、紙飛行機を作ったり、冗談を言いながら声を出して笑ったりし始めちゃいました♪


小さな女の子が僕の3色ボールペンの仕組みが分からず、「なんで赤で書けると?」言ってきたので「魔法よ、魔法」と返すと、少しお姉ちゃんが「違うよぉ、ここよここ。魔法なわけないやーん」と3色ボールペンの仕組みをバラすので、僕は負けじと「あーあ、分かってないなぁ。そこで『ほんとね』くらい言えるのが大人よ、お・と・な」とからかって♪

「おいちゃん、かっこよかろう?」とワザと尋ねると「えぇ??」と言うから「目が悪いっちゃない?」と返し(笑)

終始自分ペースで遊ぶ珍しい大人がおもしろくて仕方ないようで…ここまでお膳立てすると、子どもたちは「この人はいじって良いんだな」と判断するので、あとは子どもたちの流れに乗っかれば遊びは広がる広がる。

途中から僕は席からも立ち上がって紙飛行機をしたり、立ち幅跳びをしたり、子どもたちから注射に見立てた紙飛行機を刺されたり…もはや打ち合わせ中とは思えないやり取りをしてしまいました^^;

役員さんも、もう一人の講師の方も寛容さでもって僕を見てくださってありがたかったです。
あ、もちろん、当日に向けてはしっかりと準備していきます!!


その後、役員さんのお一人から「いつも『お兄ちゃん達ばっかり』と療育の場に行く我慢ばかりしているので、今日は永田先生に相手をして頂けて、ニッコニコでした」とメールをいただきました。

そうですよね。
療育活動で頑張るのは、対象児だけじゃなくて、兄弟姉妹も彼ら彼女らなりに頑張っているんですよね。

そういうところにも目を向けつつ支援には当たりたいものです。

あぁ、楽しかった!
こちらこそありがとう!

2018年6月26日火曜日

テイスティング♪

中学1年生の男の子との学習。
その子の自宅でしているものですから、お母さんが気を使ってくださり、飲み物を出してくれるのですが、それを使ってひとしきりワァワァやるのがここのところの二人のブームです。

何をしているかというと…テイスティング。

香りを嗅いで、飲んで、味を表現する。

ただそれだけなのですが、楽しいんです。
僕も一緒に楽しんでいます。

お互い遠慮のない関係だから「しょーもない表現やなぁ」とか「舌がバカなんやない?」とか、そんなことを言ったり言われたり(笑)

「で?今日のお味はいかがですか?永田君」なんていう挑戦的な言葉からだいたいスタートします。

香りを嗅いで「うん、今日は少し甘い香りがしますね」と答えると、彼が「いっつも甘い香りですねぇ、あなたは。鼻は飾りですか?」と言われるのです。
舌触りについて聞かれれば「まろやか」と答えると「もっと具体的な表現はないのかなぁ?」と言われ…(笑)

「じゃぁ、あなたの舌と鼻はどうなんですか?」と尋ねてみると…オレンジジュースを一口飲んで、まるでワインのテイスティングをするソムリエの様にして口で転がす?ようにして…「うん、今日のは酸っぱいです」と言うから、僕が「はっ(笑)!それだけ時間も使って、『酸っぱい』の一言かぁ(笑)寂しい感想やなぁ」と言えば「深みとコクがありますなぁ、『酸っぱい」の一言で分からないかなぁ、ダメやなぁ。いろんなことを含めた『酸っぱい』なんですよ?」と言われ…

お茶を飲んで「甘い」と表現を使うと「ジュースじゃないんですよ?あなたの舌はバカですねぇ」なんてことまで言われます(笑)
僕の方も「わからないかなぁ。お茶の苦みの中に甘みがあるっていう感じが。あぁ、舌が大雑把だから仕方ないですねぇ」なんてことを返すこともあります。

とにかく楽しい時間を過ごしています。

学習の合間にこういうやり取りもしてしまうのんびり学習サポートです。

2018年6月25日月曜日

わたし農業隊長だから

スケジュールの兼ね合いでしばらくお休みを頂いていたキッズクローバーひかりが丘でのサポート。

久々に行ったのですが子どもたちは、この気まぐれに現れる謎のオッサンに対して、何も変わることなくありのままの姿を見せてくれます。
僕が来なかった間の出来事を聞かせてくれたり、こんなことが出来るようになったと報告してくれたり、今のマイブームについてユーモラスに伝えてきてくれたり…とてもかわいい子どもたちの姿がありました。

そんな中で、一人の女の子が庭にあるプランターを観察している様子を発見。
何やら紙とペン、それから定規まで持って本格的に観察をしているようでした。

植えてあるのは数種類の野菜だったようです。

観察を終えた彼女が僕のところへ来て、「見て。見て。これ」と観察記録を書いた紙を見せてくれました。
白い紙にカラーマジックで線を引いて、絵と文章が書き込めるようになっていました。
そこには「トマト」「しんちょ(身長)26センチ」「花 〇こ」「実 〇こ」という風に細かく彼女から見たトマトの姿が描かれていました。

他にも同様の記録をした野菜の様子についても見せてくれました。

とても嬉しそうに。
しかも2週間前からの変化も分かるようにちゃんとファイリングもされていました。
「観察、しとるとぉ」と話す彼女の表情はとてもかわいらしかったです。

指導員の方とお話をしていたら、なんでも「ただゆっくりと過ごすことが多くなっていた彼女に何か、ということで野菜を植えてみることを提案した」とのことでした。

何を植えるか?というところから彼女と話を決めて、彼女が植えて、来所の都度記録を取っているようです。


そこまですれば、そりゃあ、その植物に愛着も湧きますよね。
嬉しそうなはずです。
なんて言ったって、キッズクローバーの庭にあるにもかかわらず、間違いなく「彼女の野菜」ですから。

そして、指導員の方たちから、彼女は「農業隊長」と呼ばれています。
これもまた、彼女からしたら嬉しいのでしょう。

その証拠に「わたし農業隊長だから」と言って、誇らしげにしています。
そして、収穫したラディッシュを「はい、あげる」と僕に分けてくれました。
とても可愛い、採りたての、根っこにまだ土もついているラディッシュをくれました。



一人の子どものためにプランター数個を用意して、そこに野菜を植えて…それだけでもう、そこは彼女にとって特別になりますよね。
そこに「農業隊長」ですから。

記録用紙も自分で作ったようです。
ちょっとしたお膳立てをしてあげるだけで、「ただ過ごしていた」時間が特別になるのです。
素敵だな、と心から思いました。


自由というのは選べてこそ、だと思います。
どうしても何もかもという訳には、なかなかいきませんが、「こういうこともあるよ」「ああいうこともあるよ」という選択肢を示せるだけ示した中で、その子が選択する過ごし方。
これだと思います。

選択肢も提案せず「どうぞご自由に」と放り出されても困ってしまうことがあるのです。

「こういう過ごし方があるよ」「ああいう過ごし方があるよ」「それとも・・・?」
となれればいいのかな?
こちらが提案した過ごし方、あるいは自分でそれらとは違う過ごし方を選択できること。

彼女は提案された中で野菜を育てることを選択して、自分の過ごし方の流れの中で、誰に言われるでもなく、自分のタイミングで決して無理することなく、観察をし続けているようです。
とても大切な時間だと思います。

じゃあ、ぐるんぱではどんな提案で、どんな過ごし方を選択できるようにしていくのか。

考え続けていきたい問題です。

農業隊長、夏休みにはどんな姿を見せてくれるのか楽しみです。

2018年6月24日日曜日

ただいま下半期の構想を一人で黙々と考えています

この1週間は割とゆったりと時間が流れた感じがありましたが、明日から始まる1週間は…怒涛です(笑)

今は、自室で下半期の計画というか、準備をしております。

年明け冒頭にも確かブログで書いていたと思うのですが、ぐるんぱの3年目ということで、飛躍の年にしたい、変化の年にしたいということで、いろんなことにチャレンジしているのです。

と言いつつ、生徒が増えたというところでは飛躍的な年になっていますが、「動き」としてはまだまだ「水面下で」というところを抜け出していないので、それを表出させるのが下半期の目標ということになります。

どこまでできるか分かりませんが、飛躍とは言いつつですが…しっかりと足元を固めて、着実に一歩ずつ歩みを進めていきたいと思っているところです。

ペースが落ち気味だったブログもペースを上げて更新をしていきたいと思います。

丁寧に、じっくりと、そして羽ばたけるよう。

2018年6月20日水曜日

薬と上手に付き合う、って…

僕が関わっている子の中には日常的に服薬を必要としている子どもたちもいます。

成長期ともなると、身体の成長に合わせて薬の処方の変化が大きく、身体にしんどさを抱えながら日々を過ごしていかなくてはならない子どもたちもいます。

稀に、子どもの口からも「飲みたくない」という声を聴くこともあります。

僕はドクターではないから、その声に「うん、飲まなくても良いんじゃない?」なんてことは絶対に言えません。
飲まないと情緒が不安定になるというものもありますし、命にかかわるものもあります。
こればかりはドクターでないとどうしようもない。
せいぜい、「こういう事言っていましたよ」と保護者にバックするくらいのもの。

でも、日常的な支援の中で、その子のストレスであったり、不安であったり、あるいはイライラであったりを受け止めてあげることはできるのかもしれません。

ドクターとは違った立ち位置だからこそ出来る寄り添い方もあると思うのです。

医療と福祉と教育の連携。

上手く図りながら、子どもたちの安心を守ってあげられたら…そう思います。

時期の問題かな?
「薬がまた変わった」
「薬嫌だな」
「ちょっとだるい」
この手の声に出会うことが多いです。

薬とは上手に付き合っていかなくてはならない。
確かにそうなんですが、子どもたちの声に対して、この一言だけで返すのはどうも憚れる気がしています。
僕は不器用な支援者ですから、一緒に過ごしていくなかでメッセージとして伝えていくくらいしかできないかもしれませんが、子どもたちと薬のことについては、しっかりと考えて、向き合って、寄り添っていきたい。
本当にそう思う一日でした。

潜って、顔を出して

プールをしていると、飛び跳ねたりもぐったりを繰り返したがる子が少なからずいます。
そんな行動について今いろいろと考えてみています。

小学校高学年男児のケース。
泳ぎと泳ぎの間に跳ねる→潜る→跳ねる→潜る…を繰り返す。
潜ったときには、腹ばいになれるほどに深く潜って数秒すると浮上し、顔を出したと思ったら息を吸い直ぐに潜る、という状況。
この浮上したときに声をかけても、ほとんど耳に入らず繰り返す。
また、一度始めると周囲への注意が少なくなり、四肢が他の人に当たっても余程でないと気が付かない(?)くらいに夢中になり繰り返している。


小学校低学年男児のケース。
泳ぎの間、泳ぎながら、こちらの様子を伺いながら繰り返す様子が見られる。
声を出しながら笑い、繰り返し潜る。
身長がまだ低いため、プールサイドの縁に掴まりながらであったり、ビート板を使って泳いでいる途中で、急に始めたりする。
ただし、ゴーグルをかけて顔を浸けてバタ足をしている際に、途中で始めることはこれまでない。

現在の対応。
2人への共通対応としては以下の通り。
・続きを泳ぐということもしていく必要があるため、数回繰り返すことを認めつつ、数回繰り返した後には、「続きを泳ぐよ」という旨の声掛けと共に、身体に触れて促しを行う。

高学年男児への対応。
「そろそろ行こうか?」と問い、本人が自分で泳ぎを再開することを待っている。

低学年男児への対応。
一度潜ることを繰り返すという行動を挟むと、それまでしていたことへ自力で戻ることが困難なため、手を添えてビート板を握らせるなど、していたことへ戻るために一定の道筋を見せるということをしている。


この様子から考えられること。
・飛び跳ねることと潜ることを繰り返して、身体の上下運動で得られる感覚を味わっている(前庭覚あたりへの刺激入力?)。
・潜ったり、顔を出す瞬間に水による音の変化(聴覚刺激?)
・潜る、あるいは顔を出す瞬間に変化する水に触れる感覚(触覚?…この線は薄いか…)
・同じく、変化する視覚(これも僕の中ではしっくりこない)
・ある程度繰り返しを認めることでその後のコミュニケーションはスムーズになることから、刺激を求めている(必要)な気がする。
・反対に、水の中が静かなので、外部刺激(特に聴覚からの刺激)を遮断したい?
・目に見える景色が変わる、ということでリフレッシュを図っている?

パッと考えられるのは、この辺り。
それぞれの子どもで恐らく、求めているものは違うのだと思うけれど、「潜る→浮かぶ」というこの行動について考えていきたい。
そこへ、それぞれの子が何故するのか?ということと、それぞれの子に合わせた対応を考えていきたい。


2018年6月18日月曜日

手をつなぐ会の総会

昨日は、宗像地区手をつなぐ会の総会。
その総会後に毎年企画されているプレ勉強会にて、お時間を頂戴してお話をする機会を頂きました。

ぐるんぱのことを知って頂ける機会と思い、自分の子どもたちへの向き合い方を話させていただきました。
勉強会というよりかは一緒に皆さんと考える機会の創出という感じをイメージしていました。

手をつなぐ会は、50年以上の歴史を持つ団体です。

50年・・・子どもたちのことを考え続ける糸が、バトンがずっと手渡しされてきて今に至ると思うととてもすごいことだと思えてなりません。

僕はまだ会員ではなかったので、議決権などがないため、総会の間はずっと進行を拝見しておりました。
(その後に控えたお話のために緊張しながら)

総会を拝見していると、その歴史の一端が垣間見える様でした。

50年も子どもたちを考えるというバトンが受け継がれているのです。
ここにわずかながらでも関われるということを嬉しく思いました。

ありがたいことに7月にも手をつなぐ会の勉強会でお時間を頂戴することとなりました。
これからまた役員さんと打ち合わせをして、どんな話をしていくのか考えていきたいと思います。

総会後には数名の保護者が声を掛けに来てくださいました。
ぐるんぱに興味を持ってくださった方もいたようです。

別に、宣伝目的ではなかったですが、やはり出会いのきっかけであり、何かしら手伝えることがあるのならば動きたいと思っていますし、お受けしてよかったと思いました。

ぐるんぱが広がるということも「僕にとっては」大切。
でも、ぐるんぱに限らず、支援の輪であったり、横のつながりであったり…網の目が細かくなり、隙間に落ち込んでしまうような、子どもたち、家庭、ケースが少しでも減ればいいのかな、と思った次第です。

そういう意味では、おとなしくしている必要はなくて、しっかりとアピールすることも大切だと感じました。

もちろん、僕だけでどうにかなる話でもないので、これまで出会った他の支援者さんにお繋ぎしたり、連携もしたりしながら、ネットワークづくり、文化作りに励んでいきます。

2018年6月13日水曜日

学習支援の手立てを考えるためにこんなことを考えています

記録や考察という感じでブログにも残してみようと思います。

一日の支援を終えて、帰宅してから振り返りをする永田の脳内を文章にするとこんな感じ…というところで。

これはこれまでのブログ記事とは少し質が違い、自分の訓練という要素も含んでいるので、まだまだ荒いとは思いますが…読んでくださった先輩方…揉んでください(笑)

と言いつつ、小心者のビビり屋さんなので、手立ての案を出すまではここではまだ書く勇気が湧いていません(笑)

さて。
ある小学校高学年男児の学習について。

計算ドリルの問題を解いていく中で計算ミスが多発している。
計算方法が分からないわけではなく、いわゆるケアレスミスのような間違い方をしている。
どんなミスの仕方が多いのか洗い出してみると以下のものが挙げられる。

・そもそもの問題の写し間違い。
・桁のズレ。
・文字の乱雑さ故、本人でも解読できない文字が式中に現れること。

目につくのは以上の3点。

よって計算ミスが多いのは視写が苦手であるということが要因となっているように思える。

彼の文字を見ると非常に強い筆圧で、かつノートのマスからはみ出ていることがほとんど(消しゴムを使う時でもキレイに消しきれないくらいに濃い文字、しかも大きい)で、声掛けによって幾分か一時的には解消するが、数分後には再び元の状態に戻っている。

視写についていくつかの視点で考えてみる。

彼の筆記の際の姿勢を見てみると、前傾姿勢で机に体重を乗せるように座り、その体重が筆圧にまで影響を与えているように見える。
→一般的?には、前傾に体重をかけたところで、手首周辺まででその力は逃げて、手首や手指を使いながらスペースにあった適切?な筆記が出来るはずだが、体重が筆圧にまで影響しているとなると、手首や手指の使い方が不器用なのかもしれない。
→手首や手指の細かな動きの不器用さが字の乱雑さを生じさせているように思う。

また、「なぜ前傾姿勢になるのか?」を考えると、一つは姿勢保持のための筋力が不足していることが考えられる。
→座布団を用意し、その上に座らせると却って「休憩」が多くなる傾向がある。

次に、腕へかかる負担、感覚的な刺激を求めている可能性もある。
→本人曰く「しやすいから」という言葉もある。
→「しやすい」という言葉がある以上、この姿勢を安易に取り払うことは避けたくて、代替案を考えていっているところ。

この前傾姿勢を取ると両肩が上がり首の可動域が狭くなる様子。
その為、計算ドリルとノートとの視線の行き来にも不自由さが生じているように見える。
→目だけを動かして作業をするということが困難?
→だとするといわゆるビジョントレーニングのようなものが必要か?
→姿勢改善で解消されるのか、観察を継続。

別の場面でノートよりも大きな文字を書かせた際に気になったのが、運筆時の目の使い方。
自分が通ってきた道筋とこれから通るであろう道筋を覗き込むようにして、確認を繰り返していた。
→目に見えないものをイメージとして残しておけない?ので覗き込むのか…
→ノートに書いた文字にバラつきがあるのは、ノートの字だと小さくて確認しにくいから?



まずは、数か月の彼とのやり取りを振り返って、現状こういうところに居ます、というところまで。
協応動作とか感覚統合とかの話ですね。
これに加えて、やっぱり「心」みたいなものも見ていきたいので、頭の中がごちゃごちゃとしてしまうんですよね。

2018年6月6日水曜日

ようこそR先生

実はもう、先週の金曜日の話になるのですが…(遅くなってしまってごめんなさい)

金曜日の17:30~行っているEちゃん(小学校5年生)のプールのレッスンを、6月から女子大生に手伝ってもらうことになりました。
と言っても、完全に僕が離れるという訳ではなくて、今後もそばにはいるということを続けていくのですが、「永田でなくても」泳ぐだけの力がついてきたEちゃんへの支援として、僕だけではどうしてもできない部分が見えてきていまして、お願いしたところ快く引き受けていただけました。

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確かにおかげさまで、生徒さんも増えてきて、物理的に僕一人では対応しきれなくなってきたな…と思っていたところですが、R先生の場合は、大学生ということもあるので、僕がそばに居ながら一緒に現場で学んでいく、考えていくということが中心です。

もしかしたらこれをきっかけに、これまで「1対1」でしてきたプールを、後々は「2対2」という構図で出来るようになるかもしれないという可能性は含みつつ…。
これからも「じっくり」広げていくということを考えたときに今のところ、その方法がベストのような気がしています。

その足掛かりにもなる気がしています。
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さて、そのR先生ですが、「放課後等デイサービスえるそるむなかた」にもアルバイトで来ており、そこで知り合ったのがきっかけです。
彼女の働きぶり、子どもとの向き合い方、何より人柄がとても好きで、随分前から(もし彼女が良ければ、手伝ってもらえないかな)と思っていた方です。

そして、今のぐるんぱの時期とも相まってお願いしました。
彼女にも学んでほしいし、僕も輪を広げることをしたいし…


そうそう!実際の初回の様子を書かねば…

まじめな彼女は少し前からドキドキして、当日もプールで待ち合わせたとき、少しいつもより硬い面持ちで表れました。
(その責任感も好き♪オジサンはこの女子大生先生をものすごく評価しています笑)

続いてプールに到着したEちゃん。
Eちゃんもまた、放課後等デイサービスえるそるむなかた(正確にはその姉妹?にあたるいーりすむなかた)を利用していることもあり、面識はある者同士。

(なんで先生がいるの?)という顔をしたものの、説明すると喜んでR先生と手をつないで皇室に行きました。

プールの中でも、(僕とは違って)優しいR先生のそばに居たがるEちゃん。
でも、特に今日は初回なので、いきなり僕が手放し運転するわけにもいきませんので、まずはいつもの姿を一通り見てもらうようにしました。

と、言っても、一つずつなんでこういう方法なのか、どうやって今の姿まで来たのか、ということを話しながらなので「いつも通り」とはいきませんが。
それでもかなり彼女自身の地力を、R先生にも見てもらえたと思います。

R先生も放課後等デイサービスえるそるむなかたで見るEちゃんとは、また別の姿のEちゃんに驚きつつ喜びつつ、楽しんでくれていたようで何よりです。

R先生は福岡教育大学に2年生として在学中で、将来は教員を目指したいと言っている方です。
特別支援を専門に学んでいます。
教育と福祉の間のような活動をしている「ぐるんぱ」で、子どもたちのリアルな姿に触れて欲しいと思います。
僕という一人の支援者のことも知ってもらって、将来的には「私は…」という自分の子ども観や支援観、教育観を持って羽ばたいていってくれれば良いなぁ・・・。

まだまだプールはスタートしたばかり。
これからEちゃんとお母さんとR先生と僕とで歩調を合わせながら時間を重ねていければと思っています。

2018年6月2日土曜日

サイコロ?

遊びの大好きな幼稚園児のS君。
昨日はプールでサイコロになっていました。

水の中で遊ぶのが、とっても上手な子です。

身体を丸めてダルマみたいに浮かんで、バランスが崩れてゴロンと向きが変わるのが、彼にとってはサイコロのように映ったみたいで…。

S「先生!サイコロ振ってみて!」

そう言われたら、もう思い切り振りたくなっちゃう性でして…(笑)

永田「何が出るかな♪何が出るかな♪何が出るかな♪ゴロン!」

と、彼を一回し(^^;

S「う、うわ!ケホッケホッ!」

永田「何が出た?」

S「えっと…鼻水」

(笑)

こういう遊びを挟むのも、とっても大切。
グルン!と回される感覚が好きな彼の場合、こういう感覚をちょっぴり満たしてあげると、その後に意外にも落ち着いてレッスンに戻ってきます。

こちらも楽しいですし(笑)

そう、一緒に楽しむことがまずは大切♪