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2017年8月11日金曜日

子どもたちの「安心」のために「安全」を目指す

僕が、子どもたちの過ごす場の環境を整えるのは、何も特別支援的な視点ばかりではありません。

「こうした方が分かりやすい」
「こうした方が過ごしやすい」

もちろん、そういうことも含んでのことなんですが。

怪我をしないためとか、無用なトラブル(時にはトラブルを通して話し合うとか折り合うということを見出だすことは必要ですが)を引き起こさないためとか …。

ごくごく当たり前の「安全」を確保するためです。

そういう事の積み重ねが、子どもたちの「安心」に繋がると、僕は信じています。

「安全」が確保されなければ、緊張を強いられます。
緊張が続けば疲れますし、イライラもします。
イライラすれば、トラブルが引き起こされ易くなります。
トラブルと隣り合わせで「安心」はあり得ません。

小鳥たちは安心出来ない場を止まり木に選びはしません。

そう。
本当にごくごくシンプルな理由。

2017年8月10日木曜日

忖度

忖度(そんたく)とは、他人の気持ちを推し量ること。

もうすぐ一歳半になる息子。
そんな彼の様子を見ていると、忖度をしているように見えるから面白いです。

この時期、「自分の働きかけで起こる変化」を味わっていく訳ですが、特に人の表情には敏感だし興味津々のようです。

だから彼の働きかけには丁寧に応じたいし、どういう風に感じるのかを彼にも伝えてあげたいと思います。

(今、お父ちゃんはどんな風に感じているか分かるかな?)という問いを含ませて、彼に応じるし、彼と遊ぶのです。


「そんなに難しく考えて疲れん?」と聞かれることもありますが…(笑)

持っているもの全て無償で注ぐのが愛情で、親心でしょう?

だから、知識として持っているものも、仕事で得た学びも、自分の体験も、我が子との関わりで得た喜びも…。

何もかもを総動員して子育てをしていきたいんですよ。

この思いを息子は忖度してくれるに違いない(笑)

2017年8月8日火曜日

相槌も発信であるという意識があるか

相槌を上手に打って、子どもたちの言葉や様子に耳と心を傾ければ、子どもたちは自ら語ったり、動いたりし始めることもあります。

そうして子どもたちの主体性に働きかけることだって出来るのです。

一見すると、相槌を打つ側は受け身のように映るかもしれませんが、相槌を打ちながらリードをしていくことだって可能なんです。

だから相槌1つを取ってみても、「なんでこの言葉で相槌を打つのか」「なんでこのトーンで相槌を打つのか」「この相槌で何を目指すのか」そんなことを考えていくことが必要なんです。

日常的にそういうことを考えると大変じゃん!と思うかもしれません。

でも「支援」「仕事」ということを思えば、意図を持って相槌もしなくてはいけません。

いろんな事情が絡みながら時間は流れていくから、ついつい「雑」な相槌になることもあるかもしれません。
それが悪いことではないけれど、職業的に人と接するのなら「雑」が常態化するのはよろしくありません。

その時、「雑」になってしまったとしても、別の場面でじっくり向き合うことをしていくことは必要でしょう。

相槌だって、こちらの「相手との向き合い方」を示した発信だ、ってことです。

2017年8月7日月曜日

被災地だからこそ大切になる眼差し

今日は日中に朝倉市の認定こども園どれみ保育園に絵本をお届けしてきました。

7月5日の北部九州豪雨災害で被災した朝倉市。

こういう仕事をしていると被災状況の中でも、とりわけ子どもに関係する情報というのが届きやすくあります。

『保育所にも土砂か流れ込んでいるところがある』
『子どものいる家庭も被災して家を離れている』
…など。

報道とはまた違った温度を帯びた情報が届くのです。

そういう情報に触れ、ぐるんぱとして、永田として『らしい』支援は?と考えておりました。

今回、僕が着地したのは『絵本を届けよう』というところでした。

正直、「もっと時間をかけて正確な情報を集めよう」という思いと「いや、子どもたちのケアのためにも先ずは動こう」という葛藤がありました。

今回は後者を僕は選択。

誰にどんな絵本をということを想定せずに、取り敢えず友人、知人に呼び掛けをすることから始めました。

「今はもう読まなくなった絵本があったら譲ってくれないか?被災地に届けたい。ただし、相手先が決まった訳じゃないから、提供してもらった本がニーズと合わなければ、売却させてもらって、それを寄付金として子どもの居場所になる事業所に送る、ということもあり得る」

こういう説明で呼び掛けたところ数人が協力してくれて、128冊もの絵本が集まりました。

絵本が集まり始めた頃、朝倉市役所へメール。
自分の立場と支援したいことの内容を伝えて、朝倉市内の子どもに関わる事業所へ投げ掛けて頂きました。

そうしたところ、どれみ保育園からお申し出があり、本日お届けしてきた次第です。

どれみ保育園自体は、備品の消失までは無かったようですが、園児の中には被災して、今まで暮らしていた家を離れて暮らしている子もいるそうです。
職員さんも同様です。

今回、お持ちした絵本は全てお渡ししてきました。
必要としている家庭に配るのか、しばらく保育園に保管するのか、他の園と協議していくのか…扱いについては、園の代表の先生に一任をしてきました。

代表の先生と他の数名の先生方とお話をして、安心して一任をすることが出来ました。

本を提供してくれた人の、それぞれの子どもとの思い出や、絵本に対する思い入れの含めた提供であることをしっかりと受け止めていただける素敵な先生方でした。

安心していますし、提供してくださったみなさんに、自信をもって報告を届けられそうです。

現地はまだまだ混乱しています。
町中を車で走っていても、突如として被災ごみの収集場が現れたりもします。
現地の人の生活の場に、です。

恐らくまだ表出してきていないところで、子どもたちの心の傷があります。
ケアが必要になったり、サポートが必要になったり、することはこれから増えるし、しばらく続くことでしょう。

子どもたちへの温かい眼差しが欠かせません。

大人への眼差しも必要です。

今日お会いできた先生方の、あの眼差しと表情を忘れません。

あるいは、今日届けた絵本が子どもと親、子どもと保育者の繋がりを育んで、現地の人たちの安らぎに繋がれば幸いです。

現地の様子を見る、人の声を直に聞く…。

大切なことだと改めて感じました。

1日も早い復興を祈りつつ、出来ることがあればまたしていきたいです。

また改めて僕の感想や考えを含めた報告会を出来たら、と思っていますので、その折りにはまたご案内していきたいと思います。

2017年8月6日日曜日

『平和』ということに目を向ける

今日は午後から宗像ユリックスで行われた「平和のつどい」に参加してきました。

ある方のメッセージ中に、とても考えさせられる言葉がありました。

「私たちは『戦争』を通して平和を考える事が多くなっていますが、『平和』ということに目を向けて、私たちの幸せについて考えていくべき」

確かにそうかもしれません。

日本が世界唯一の被爆国であること、戦争・敗戦を通して今の憲法を得たこと、不安定な情勢のアジアに位置すること…様々な要因があるとは思いますが、『平和』について考えるとき、どうしても『戦争』を通して考えがちのように思います。

戦争、被爆…こういうものを風化させるわけではなく、それはそれで語り継ぐ責任や義務を日本人としては担わなくてはいけないと思います。

ただ、それとはまた別のところで『平和そのもの』について考える機会も意識的に設けることはとても大切なんじゃないかな?と僕はとても共感しました。

2017年8月5日土曜日

とことん!

「半端」というのはやっぱり良くない。

半端な介入は事をこじらせるだけだし。

半端なルールはトラブルを生むだけだし。

半端な知識は混乱を呼ぶだけだし。

半端な技術は事故を招くだけだし。

半端な遊びは退屈なだけだし。

半端な話し合いは時間を浪費するだけだし。

自分の中では納得できるものをしっかりと残していくようにしたい。

「やるならとことん!」っていうのが必要。

2017年8月2日水曜日

職業的支援者だから

「ずっと関われる」という保証はどこにもありません。

合わない
腕がない

などとなれば支援は当然、打ち切りや他への移行となります。

その事を肝に銘じないと後悔ばかり残していくことになります。