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2018年11月14日水曜日

フレンチトーストで思い出す家族

フレンチトーストを食べながら、家族とのエピソードを語り出した女の子。

お出かけ先で、フレンチトーストを買ってもらった思い出を嬉しそうに聞かせてくれました。

好きなパン屋さんで、買ってもらったらしく、「お母さんは、クリームのパン」「お兄ちゃんはチョココロネやった」と。
家族みんなで、甘いパンを食べた思い出は、彼女にとって、きっと宝物なんでしょうね。

その場で「美味しい」と良いながら食べるこどもの姿も見ていて気持ち良く、嬉しくなりますが、この子のように、思い出を話すというのも素敵だなぁ。

2017年12月22日金曜日

「“悲しい”思い」か。

今日、小学5年生のKと学習をするために車で移動している最中のこと。

「明日から冬休みやーん♪」とウキウキ話し始めたのですが、途中で宿題の話になって「冬休みもたっぷり宿題が出た~」と嘆き始めました。

K「今日は冬休みの宿題持ってきたからやっていい?」
永田「もちろんいいよ。」
K「冬休みの宿題はさっさと終わらせるんだ」
永田「やる気満々やね」
K「やる気はないよ。ただ早く終わらせておきたいだけ」
永田「なんで?」
K「夏休みの宿題、オレ、夏休み中に終わらせなかったやん?」
永田「うん、そうやったね。踏み倒す!みたいなこと言ってたもんね(笑)」
K「実はそのせいで2学期の最初の頃に夏休みの宿題のやっていなかったところのコピーをやらされたんよ。20枚もあったんよ」
永田「それはやらな過ぎたね(笑)」
K「でね、オレ先生に言ったんよ「10枚にまけろーー」って」
永田「で、まけてもらったん(笑)?」
K「うん。まけてもらったけど、ああいう言い方したときみたいな“悲しい”思いをしたくないけん、冬休みはとっとと終わらせるん!」

とのこと。

あとから話を掘り下げて尋ねたら、「する時間もあったのに、踏み倒そうとして、踏み倒すのも失敗してやらされていたのに、それすら『まけろーーー』って我がまま言ったのが“悲しい”感じがした」とのことでした。

なんていう健気さ。
「“悲しい”思い」か。
もっと素直にやり取りしたいのだろうな。
担任の先生のこと好きなんだろうな。
普段、文句ばっかり言っているけど(笑)

2017年11月29日水曜日

安心して布団に入り、希望を持って目を覚ます

今夜は急遽中学生のお宅にお邪魔する予定が入りまして、22時過ぎの帰宅になりました。

中学1年生の男の子なのですが、夏休み後半からくたびれ感が凄いのです。
恐らくいわゆる「中1ギャップ」によるものです。

中学生になると、生活リズム、環境、人間関係、学習…様々なものが小学校の時分とは変わってしまいます。
それも急激に。
そのギャップによる苦悩や葛藤を総称して「中1ギャップ」と呼ぶようです。

ですが、「中学生」という像が僕が中学生だったころと比較して劇的に変化をしているか?と言えばそうでもないようにも見えます。
学習内容にしても、部活動の話を聞いていても、さほど驚く話は出てきません。


そんな中で、劇的に変わっているものがあるとすれば、それは、「中学生」という像ではなく、むしろ「社会」の方が変わったのではないかと思うのです。

インターネットの普及がまずは大きいと思います。
これは、ありとあらゆるものの速度を上げたと言っても過言ではないと思います。

手紙もメールになり、電話も携帯できるようになり…いつでもどこでも短時間でコミュニケーションを図れるようになりました。
裏を返せば、「人は待つことから遠ざかった」と思うのです。

人気店など話題になる場所へは行列を作って「並び」ますが、「待つ」ということではないようです。
並んでいる間には携帯ゲーム機やスマホで時間もつぶせますし、その場にいない人とコンタクトも取れて、「待つ」ということをあまり体験していません。


この社会全体の傾向として「待つ」ことから遠ざかったことが、子どもたちから「間」とか「余裕」とか「ゆとり」を奪っているように思えてなりません。

「ゆとり世代」なんていう言葉も若者を揶揄して言われますけれど、そもそもそれも当時の大人が勝手に設定したもので、そのしわ寄せを若者に押し付けているものですから、可笑しなものです。

子どもにとっての「間」とか「余裕」とか「ゆとり」はそういうものではなくて、のびやかで健やかでしなやかであるべきです。


彼のことに話を戻しますと、その「間」「余裕」「ゆとり」の無い、ある種の流れに飲まれまいと必死になっているようにも見える瞬間があります。

彼の抱える大変さは、彼自身の傾向とか癖とか、経験不足とか…そういうものも要因にはあるでしょう。
それでも、それとはまた別のところで「流れに乗らなければ」という義務感と「乗れるかな」という不安と「そもそも僕どうしたら良いの?」という混乱とに晒されているきがしてなりません。

これは、支援者としてかかわる以上、見過ごすことはできません。
この圧力で彼は生活リズムも体調も崩しがちになる日が続いていて、自分というものに対して実感を持てなくなっています(僕には明らかにそう映っています)。

目に見えるところとしては「自学」の手伝いなのですが、今挙げた圧力に押しつぶされないようにするということが僕の目的でした。

また、そんな我が子の姿を見ると保護者も心配になります。
電話でお話ししていただけで、声に強張りを感じました。
きっと心配で心配でたまらないのでしょう。

潰されまいと、もがく我が子をなんとか守りたい。
でもどうしたら良いのか…

そんな中で僕へ投げられたSOS。

取り付く島もない、という濁流の中にいたのかもしれません。

“島”と言えるほど頑丈なものではないかもしれません。
中州程度なのか、もっと弱弱しい辛うじて流れずにいる樹木程度なのかは分かりませんが、彼と彼の家族にとっての拠り所になれたら、という思いです。

終えた後、少しほっとした親子の顔を見られて僕も一安心。

…とは言え、まだ対処療法的支援しかできていないのも事実。
継続的に彼のサポートをしていく必要があると思っています。


安心して布団に入って、希望を持って目を覚ます。
そういうのが一番。
それを目指したいところ。

2017年10月16日月曜日

新しい遊び

小学生のM君。
放課後等デイサービスえるそるむなかたでの様子。

彼は「パラパラ遊び」が大好き。

紙を小さく千切り丸めたもの、パズルのピース、ブロック、砂場の砂…

そういう小さいモノを使って、手ですくっては落とす、ということを繰り返して遊ぶのが大好き。

手のひらの感触が良いのか、視覚として面白いのか、夢中になっています。

先日、そんな彼が誰かの介入無しに他の遊びをしている姿を見ました。

いつものようにパラパラ遊びに興じていたので僕は一旦退室し、しばらくして部屋の戸を少し開けて覗いてみたら…

ドミノを立てて並べていました。

誰に指示された訳でもなく。

ドミノのコマ(という表現で良いのかな?)で数回パラパラをして、それを立てて几帳面に並べて、を繰り返していました。

パラパラで色(コマの色がカラフル)を選別をしているのかな?
いつもと違う表情でパラパラをしながら、一見するとランダムに並べているように見えるけれど、並べる前には色を確かめて、ある程度自分の中のルールと照らし合わせてから置いているようでした。

途中で、僕が覗いているのに気がついてニヤリと目で笑って「閉めてください」と言ってきましたが(笑)

もしかしたら、僕の知らない他の場では、こういう遊びをしているのかもしれないけれど、僕が見ているところでそういう遊びをしてくれたのは、ものすごく嬉しかったです。

2017年10月14日土曜日

小さなシェフたち

午前中、放課後等デイサービスえるそるむなかの学習サポートでお邪魔している時に遭遇した場面。

小一Y。

僕が部屋に入ったとき、ディッシャー(サラダバーとかでポテトサラダなんかをすくうアレ)を使って遊んでいました。
覗いてみると栗を入れて遊んでいました。
(カチャカチャ転がすだけだと勿体ないなぁ、遊びを広げられないかな)

散歩に出た先で栗を拾ってきたようです。

嬉しそうにYが「見て~、こんなものを見つけたんだよ」と見せてくれました。

永田「綺麗な栗を見つけたね。先生はモンブランが好きだなぁ」

Y「先生はモンブラン作れるの?」

永田「先生は食べる専門だな、あなたは作れる?」

Y「わからないけど…」

しばらく栗を眺めたり転がしたりしていました。

そのうちランチプレートに水を張り栗を入れ始めました。

Y「灰汁を抜きます」
ほぅ。
しかし、水が浅く漬かりきれないし、浸けようとして水を足してこぼして、テーブルが水浸しになり始めました。

Yももどかしそうにしています。

男性支援員「コップに入れたら良いんじゃない?」

Y「よし!先生、コップ貸してください」

男性支援員「あそこ(戸棚を指差して)から取って」

Y「はい」
そう言ってプラスチックのコップを出してきました。

コップにも水を入れ、栗を沈めて「灰汁抜き」を始めました。

ここで小一Sがタイマーを持参。

Y「あ、貸して~、60分計るよ」

S「はい」

タイマーを受け渡し。

S「僕もやる」
と、空いたプレートに自分が持っていた栗を入れて彼も「灰汁抜き」を始めました。

二人で顔を寄せ合って栗を眺める姿が、とても愛らしかったです。

S「先生、僕のも(灰汁抜きしてるよ)」

永田「うん、美味しく出来ると良いね。ちょっと、先生はお時間だから帰らないといけないから、頑張って美味しく料理してね」

Y「えぇ!?もう少し見てよ」

永田「ごめんよ。圧力鍋とかで時短出来んの?(時短は難しいか(^^;)」

本当にごめんね、もう少し早く来られたら良かった。

Y「そんなの無理だよ。元々8時間かかるのを1時間にしようとしてるのに~」

(時短を知ってた(@ ̄□ ̄@;)!!)

永田「そうかぁ、出来上がった感想をまた聞かせてね」

Y「はーい」

S「先生、さよならー、料理しておくね」

男性支援員にまたお任せをして、僕は退散。

(穏やかで素敵な遊びだな、そしてYの意外とも言える知識が面白い)
どうやら知識はお祖母ちゃんからの模様。

季節感に触れ、想像力を使い、友達を巻き込み、大人も巻き込み、相手の願いに触れようとして、工夫を凝らし…。

他にもあるだろうけれど、いろんな事が凝縮された素敵な遊びだなぁ、と感心しました。

一体どんな料理になったかな♪

2017年10月11日水曜日

「どぅ♪?」みたいな

中学生のOさん。
プールを終えた後の「どぅ♪?」みたいな表情に、キュンとさせられっぱなしです(笑)

どういうことか、と言うと…

プールの練習を終えて更衣室で、それぞれに着替えを済ませて、ロビーで待ち合わせる時のことです。

着替えのサポートに入ってくれているリサ先生が、彼女の髪をきれいに結ってくれてからロビーに現れます。

その髪型、彼女自身がリクエストしているのか、あるいはリサ先生が毎回レッスンを終えたOさんの表情を見てから決めているのか、その辺りは定かではありませんが、毎回違う髪型で出てきます。

その出てきたときに「見てぇ、二つ結びにしてもらった」と言ってくるときもあれば、気付いて欲しそうに髪を撫でているときもあります。

今日は、結ってもらった髪を掻き上げるような仕草をしながら、流し目のような視線を送ってきました(笑)

僕が、わざとしれーっとしていたらスーっとつまらなそうに歩いていこうとしていました。
もう、その様子が可愛らしいんですよ。

まるで「気の利かない男ね」と言われているようで(笑)

参りました!
「可愛いよ」と声をかけちゃいました♪

するとニコリと微笑みながら靴を履き始めました。

プールが上達していく姿も嬉しいけれど、こういうのも良いなぁ、と思うわけです。