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2016年10月12日水曜日

福祉に携わる人間としての責任

「もう、無理なんじゃないか」
「諦めちゃった」
「もうどうしたら良いか分からない」

こんな言葉と出会うことが少なからずあります。
時に怒りを含んだ声として。
時に悲しみを含んだ声として。
時に寂しさを含んだ声として。

以前はこういう言葉や声に引っ張られて、相手と同じように怒ったり悲しんだり、寂しがっていたように思います。

最近はさすがに引っ張られるようなことまでは無くなってきました。

やるべきことが少しは見えるようになったから、と思いたいところです。

引っ張られるのではなく、自分のすべきことと、責任を考えながら行動をとりたい、と思っています。

責任。
冒頭に書いたような言葉を例えば保護者などに言わせてしまっている現実が一部にはあるわけです。

それは決して誰か特定の人の責任という訳ではありません。

保護者が負うものでも、支援者が負うものでもなく。

そういう空気を作った文化の責任というか…
責任の所在を曖昧にするわけではありません。

その文化を作っているものとして、責任を担っていく。
そうさせまい!と責任感を持って、人と関わる。

そういうことが必要。

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