学習の休憩中、分度器を手裏剣に見立てて遊び始めた六年生のH君。
H君「見ていてください」
永田「うん」
H君「ほら!」
永田「強そうやね」
しばらく投げては拾う、を繰り返していました。
H君「見ていてください」
永田「うん、見ているよ」
確かに僕は分度器を投げるH君、そして手裏剣の行く先を見ていました。
でも、何かしっくりこない様子のH君。
そこで、投げた後もH君を見続けてみました。
すると彼は投げた後にこちらに可愛い視線を送ってきていました。
目を合わせて笑顔を返すと満足気に、自ら学習机に戻ってきました。
彼が「見ていてください」というのは、「僕の『姿』を見ていてください」だったんですね。
「姿」「等身大」「心」…。
いろんな言い方があると思いますが。
「彼自身」の「訴え」が含まれていますよね。
こういうやり取りが大切、そう思います。
僕の関わりの土台。
学習にしても、 プールにしても。
問題が解けるようになる、泳げるようになる…。
そういうことも関係を深める要素ではあるけれど、土台はこちら。
間違いなく。
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