題名は忘れてしまいましたが、こんな昔話があります。
だらしない旦那に愛想を尽かした女性がとなり町の実家に戻ってしまいました。
意地っ張りな二人は、しばらくは「せいせいした」と、妻を呼び寄せるでもなく、旦那の元に帰るでもなく過ごします。
でも、そのうちに妻も旦那が恋しくなり、旦那の方も自分のだらしなさを悔い改め始めました。
だけど、お互い意地っ張りなのも知っているから「まだ怒っているに違いない」と思い込み一歩を踏み出せずにいました。
その様子を見かねた妻の親が気持ちを伝える事を勧めます。
妻は考えて旦那のいる町と実家のある町を行き来する行商に「文」を託しました。
でも、妻は字が書けませんでした。
代わりに妻が行商に託したのは「小石」でした。
受け取った旦那は「バカにしやがって」と、最初のうちは腹を立てていましたが、繰り返し送られてくる小石に意味があるのではないか?と、友人に尋ねます。
その友人は答えます。
「これは『恋しい』ということを伝えたいのではないか」と。
合点のいった旦那は返事を考えますが、文字の読めない妻に分かるようにするにはどうしたら良いか?と頭を捻ります。
その末に旦那は「松の枝」を送り返しました。
「帰りを待つ」というメッセージを込めて。
受け取った妻は、「待つ」のメッセージを読み取り、旦那の待つ家に戻ることにしました。
それからは旦那も真面目になり、妻と二人で幸せに暮らしました、とさ。
「文」のやり取りの部分は教訓深いですよね。
非言語で伝えようとする側、汲み取ろうとする側のやり取りです。
平常時もそうだし、パニックを起こしているときでさえ、無意識的にも物や人を選びながら表出しているということは珍しくないと思っています。
そこに意味を見出だしたり、あるいは意味付けをしていくということも支援者の役割であることがあると思います。
もしかしたらこちらの勝手な解釈と言われるかもしれません。
それでも意味を見出だしたり、あるいは意味付けをしていくということで、支援がしやすくなる可能性はあります。
「分からない」というままだと支援の方向性も定まらずフワフワとしてしまうでしょうから。
昔話、シンプルだからこそ考えさせられることが多いんですよね。
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