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2015年12月5日土曜日

いつ、どこで、誰と、何を

今日、我が家の一室を仕事用に整理をしました。
プチオフィスの完成です。
自宅で仕事をするからこそ、気持ちの切り替えを行うために空間づくりは必要だと思っていました。
仕事をするためのスペースがないとズルズルと過ごしてしまいかねないですからね。

この空間づくりというのが、子どもたちと関わる上でもとても大切なことがあります。

いつ、どこで、誰と、何をするのか?
これを整えるだけで、幾分も普段の生活をしやすくなるということです。

僕の先ほどの部屋の整理の件を例に取ります。

この場合、

いつ:仕事をするとき(就業時間というものがないため、こういう表現になりますが)
どこで:仕事部屋で
誰と:一人で
何をする:仕事をする

ということになります。


これを整理すると、先の見通しが立てられるというわけです。

子どもの場合は、
いつ:平日
どこで:学校で
誰と:友達や先生と
何をする:お勉強をする

という風になります。

もちろん、それを細かく見ると、算数をするだとか、掛け算をするだとか、テストをするだとか、になってくるわけです。
そして、いつ、どこで、誰と、何をする、を自分自身の力ではっきりさせることが苦手な子がいることもまた事実であり、忘れてはならないことだと思います。

そういう事を含めて支援の場では「構造化」なんて言い方をすることもありますが、そんな難しく置き換えると却って身近でなくなり、定着しないこともあのではなかろうか?と僕個人としては思うところです。
言葉の話です。
僕らは、手帳でスケジュールを管理するときに「よし、構造化はこれでばっちり」だなんて思いながらしているわけではありませんが、していることの本質は同じです。

いつ、どこで、誰と、何をする、ということ、普段強く意識しないまでも、困らない程度に皆さん、頭に整理して生活をしているのではないでしょうか?
そういう感覚でいいと思うのです。

その整理の仕方として、頭で覚えられる人もいれば、手帳に書き込む人がいるように、その子その子の特性や個性に合わせて、見通しが立てられるようにしてあげることで十分な支援になりうると思います。

実生活になるべく直結していく支援をしたいというのは、現場の人間としては多くの人が課題に掲げる問題だと思います。
そうするためには、思いっきり「訓練」という雰囲気を出すのは、どうも違う気がします。
もちろん、内容によってはそうすべきものもありますが、日常的な生活における支援というのは、それとは少し違ったものを考えていかなくてはいけないと思います。

でないと「○○さんだから出来る」「この子は○○が好きだから」というように、出来ているのは限定的だという事で、支援者がいないと出来ないで、いつまでも自立が出来ない、ということに陥る危うさがあります。

日常生活に直結できるようなやり方を出来るだけ探し、実践し、いつ、どこで、誰と、何をする、を整理する習慣を身体と感覚に覚えこませて、徐々に「誰とでも出来る」というところを目指すことがあってもいい気がしています。

障がいがあろうが、地域で生きる以上、特別扱い、というものにも限度があります。
その子その子が出来るだけ、社会や地域になじむ方法を模索しながら、提案なりしていくことを心掛けたいと思います。


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