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2017年3月27日月曜日

障がい児者の余暇の時間、余暇活動を事例から考える

昨日のGAKUねっと主催の座談会に来られなかったという方から、話の内容をテキスト化して欲しいとの依頼がありましたので、GAKUねっとのメンバーに相談したうえで、僕の判断でまとめて掲載してみることにしました。

大まかに言うとこういう話をしたのですが…喋りなれないからですかね、この方がすっきりしているように見えますが(苦笑)
喋りについては練習、修行していきます。

ただ座談会では「生きた」話が出てきて、それについてその場で僕の考えをお話させてもらったりもしました。
僕の話下手を差し引いても絶対にライブの方が良いと思うし、学びは何倍もあるはずです。
今後も定期開催していく座談会ですので、是非お越しください。

では、以下概要です。


【余暇を考える必要性】
まずは「余暇」という言葉について。
「余暇」と辞書で調べてみると「仕事の合間のひま。仕事から解放されて自由に使える時間。(三省堂大辞林)」という風に記されています。
また、余暇研究の第一人者にJデュマズディエという人がいます。
その人曰く余暇の機能として休息、気晴らし、自己開発という3つがあるとのことです。
つまり仕事から解放されて自由に活動を選択できる時間にバランスよく休息、気晴らし、自己開発をしていくことが人生を豊かにする足がかりにあるように思います。

現代社会において、余暇の必要性はいろいろと考えられるようになってきたと思いますが、実生活としてはやはりまだまだ後回しにされがちですし「自由に選択をしていく」ということが前提にありますから、他者の介入によるものでなく本人で築いていくことが求められます。
ですが、障がいを持っていると自身だけで築いていくことが難しいことも実際問題としてはあります。
自分で築くことが難しいけれど、自分らしさを獲得したり守ったりするためには必要なことです。


【休息を通してつながり感を育んだ中学生】

プール指導を通して出会った当時中学生。彼は重度の知的障害を伴う自閉症を持っていました。
家庭でも学校でも、利用していた福祉サービスの事業所でも、とにかくどこへ行っても落ち着かない、という状態でした。
もう少し具体的に彼の様子を話すると、朝起きてから夜寝るまでスケジュールがいっぱいでした。
隙間時間が出来ると自傷、他害、破壊行為、反芻行為、水へのこだわりがあり、更に行動と行動の切り替わりの場面では大便をしないと気が済まない(そうしょっちゅう大便なんて本来出るものではないので、お尻から出血をしながらするという状態でした)、いわゆる問題行動と言われるような行動がどんどん表出してきてしまう子でした。

そんな子とプールを通して関わることになって半年、プールでの関係性が落ち着いてきたので、ご家族や他の連携している方々に「休憩の練習をさせてみませんか?」ということを提案してみました。
もちろんそれまでも彼のスケジュールの中に「休憩」という時間は設けてありました。けれど彼にとって「休憩=じっとする」という作業でしかないように見えました。
その「休憩」の時間というのが、周囲にはいつも家族あるいは支援者がいて、問題行動が出ないように抑えるようなやり取りや、「監視」に近いくらい張りつめた中で時間をやり過ごすことになっていました。
そこに「寛ぐ」という感覚を取り入れたい、ということを僕からの提案ではしました。

引率者にプール開始の10分前に到着するように連れてきてもらい、10分間、引率者と僕で「楽しく」会話をして、その場にいてもらうという事を始めました。
その間、彼にはプールの受付ロビーにおいてあるソファに腰を掛けてもらっていました。
そこで僕らが雑談をしていると直に立ち上がってプールに向かおうとするのですが「まぁまぁ。まだ時間前だからもう少しお話させてよ」声をかけて、冗談を言いながら僕らが笑っている場にいられるように仕向けていきました。
何もしない時間、が心地よく感じてもらうためです。

プールの中では体を仰向けにして浮かばせて、下から体を僕が支えて沈まないように手伝います。
そのまま10分ほど体を揺らしながら水の中を漂わせる、という事をしていました。
初めはすぐに立とうとしたり、体をこちらに委ねることが出来ずにカチカチでした。
起き上がろうとすればその都度、「まだプカプカしていて良いから。おやすみぃ」と声をかけながら仰向けの姿勢を続けてもらいました。
作業にならないように、出来るだけ指示はぼんやりとした言葉を選んでいました。

最初に効果が見えたのはロビーでの場面でした。いつものように雑談をして笑っていたら、座り方がくずれて体を休め始めました。
そして、それから直に僕らが笑っているときに「フフ」と声を漏らして笑い声を発しました。

さらに時間が経って、プールの中での「プカプカ」の時にも脱力出来るようになって、こちらが体を八の字に揺らすと「ぐにゃぐにゃ」と体がしなるようになりました。
そして心地よさそうに目を閉じてうっすら笑顔で10分間過ごすことが出来るようになりました。
そして1年がかりで働きかけを繰り返していき、プールの中で「寛ぐ」という感覚を身に着けることが出来ました。

すると、そのころと同時期に各方面から「夜でもないのにソファで居眠りを初めてしたんです」「支援員が離れても大丈夫になってきた」「鼻歌を歌っていたんです」という声が続けざまに届き始めました。

寛ぐことを覚えて変わったのは体調面もでした。
それまでしょっちゅう体調を崩して何に取り組んでも中断してしまい、定着しにくかったK君でしたが、メキメキと力を付けて日々の生活がガラリと変わりました。

そうなると、彼を見る周囲の目が変わりますから、それまでの張りつめたような危険物取扱注意というような関係性も解消されてきます。
家族や周囲の人たちと彼のつながり感が育まれて、彼自身安心感を得てゆったり過ごすことが出来る、そういう好循環が生まれたケースがありました。



【気晴らしで自分の居場所を見つけた男性の話】

20歳で初めてプールを習いに来た成人男性の話。
彼は小中高と特別支援学校を卒業して、それから就労支援を受けていましたが、特別支援学校の高等部を卒業してからわずか2年の間に3か所も事業所を変わっていました。そして、出会った当時もその3か所目も辞めることが決まっていて、直に4か所目を探し出すとの事でした。
聞けば、彼は学生の間には大きな問題、トラブルのないまま過ごしてきていたのに、就労に切り替わった途端にトラブルメーカーのレッテルを貼られるまでになってしまったとのことでした。
いずれも人間関係のトラブルが原因で、事業所から受け入れ継続が難しいと言い渡されたとの事でした。
「3か所目の事業所も行けなくなり、時間を持て余すことになるから体を動かせたい」とのことからプールの受け入れをしました。
幸いプールが性に合っていたようでドンドンと泳法も獲得していきました。
最初はビート板を使っても全く泳げなかったのですが、3ヶ月で、クロールや平泳ぎ、背泳ぎまで獲得して、半年経ったころには1時間の間に1キロ近く泳げるようにまでなっていました。

その間に、4か所目の事業所も決まりました。
事業所に行き始めて2か月、とても落ち着いて過ごせているという事と、事業所での仕事が忙しいことを理由に一端プールをお休みすることになりました。
元々が時間を持て余していたという理由であったので了承して「何かあればいつでも連絡をください」と外から見守ることにしました。
すると3週間経って保護者から「プールを再開したい」と連絡が来ました。
まだ事が大きくなったわけではないけれど、トラブルが見え始めたとの事でした。
利用者間でケンカをする日が出てきたのだそうです。
それで、再開をしたらまたパタンとトラブルが収まったとの事でした。

そして、彼は泳ぎを獲得して、更に人を避けながら泳ぐという事も出来るようになって、僕とのプールを卒業していきました。
彼は今も家族やヘルパーさんにプールへ連れて行ってもらい休日などにプールを楽しんでいると聞いています。
トラブルが止まったことで4か所目の事業所で仕事もほとんど休むことなく行けているとの話も聞いています。



【自己開発で成長する喜びを知った】

ここまでプールの事例を出してきましたが、学習支援の事例も取り上げたいと思います。
僕の行う学習支援は学力向上や受験合格ということを、僕自身は据え置いていないので「余暇支援」の中に位置づけています。
実際に、子どもたちの余暇の過ごし方の中に「家庭学習」というものは間違いなく存在していますし、「学習=世界観を広げる」ということを知ってもらえるような支援を心がけています。
彼は知的にはほとんど発達の遅れはないものの、学校生活で躓きがあり授業についていくことが難しい子でした。
まじめな彼はとにかくジョークが通じません。
僕もちょっとしたジョークを言ってよく彼を怒らせていました(笑)
でも、学習をしながらジョークを織り交ぜて対話をすることで、僕との学習を楽しんでくれるようになりました。
知的好奇心が育まれて、「自分で調べる」ということにも積極的になっていってくれました。

ある時そんな彼が「先生、聞いて!『妻がつまづく』…ギャハハハ」と自分でダジャレを言って自分で笑い出しました。
僕もダジャレが好きでしょっちゅう言ってはいました。
ですが初歩的な「カレーは辛ぇ」と言っても「当たり前じゃん?」と切り返してきていたS君が「妻が躓く」と言って笑ったのは驚きを通り越して感動したのを覚えています。
本当にどうでも良いダジャレですが、言う方も聞く方も知識がないと成立しません。
「妻が躓く」も「妻」という言い回し、「躓く」という言い回しを知っていなければなりません。
「妻が転んだ」でもダメだし、「永田先生が躓いた」でもダメ、ということを(永田が躓くのは画としては面白いかもしれませんが)彼も自ら言っていました。


学習にはユーモアの土台を作るという側面があることを彼から学びました。
ユーモアがあると笑いが生まれます。
笑いが生まれると人が集まります。
そして、いろんな人に触れて価値観を育てていくというのもまた、余暇の大切な側面だと思います。

【まとめ】
「休息」「気晴らし」「自己開発」、これらを満たしながら余暇を過ごした先に、「自分らしさ」や「自立」、「自己肯定感」に繋がるものがあると信じています。
さらにそれらが満たされていくと、人生は豊かになっていきます。

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