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2018年1月23日火曜日

ぐるんぱとしての願い

僕と一緒に過ごす子の多くが、日常生活では日に少なくとも2回は着替えをする子達です。
(起床後寝間着から生活着へ。夜、生活着から寝間着へ。)

プールの際に、洋服から水着へ、水着から洋服へ着替えるという行為がありますが、それらを日常生活に繋げることを目指さなければいけないと思っています。

毎日介助する家族のことを出来るだけ思い図るのです。

少しずつでも子ども自身で出来るようになれば、それだけゆとりが出ます。

“泳ぐ”ということだけに特化すれば、僕が全て手を出して着替えさせるということも訳無いのですが、それでは「生活、人生が豊かになる」とは言い難いと思うのです。
家族にとっても、もちろん本人にとっても。

「余暇支援」という言葉を使っているのはそういう意味があるのです。

子どもや家族、各家庭に根差すものを探していきます。

だから、僕の考えていること、目指していることを必要に応じてご家族へお伝えもします。
例えば「プールの着替えの際は、今こういうところを練習していますよ」ということもお話ししますし、「もしご家庭で練習するなら」という提案もしますし、「家庭だけで何でも頑張る必要もないので、プールに来たときにこれは練習しましょう」という提案の仕方もします。

今日、プールに来た未就学児のCちゃんのことで言えば、直ぐにでなくてもボタンの練習は少しずつ必要になってくる時期が来ます。

もちろん、ボタンの無い洋服を選ぶことも出来るかもしれません。

でも、「ボタンがあっても着られる」というのは、「人生が豊かになる」可能性を秘めていると信じています。

もちろん僕もボタンの無い洋服が脱ぎ着は楽なので家ではほとんどそういう服です。
でも、「それしか着られない」のではなく、「服を選んで」いるのです。

例えばCちゃんが大きくなって、(彼女自身が思うだけでなく、ご家族がそう願ったときに)「たまにはお洒落を」となったときに「着替えを手伝うのが大変だから」と洋服を選ぶことを妥協するのは勿体ないと思うのです。

普段と違う洋服を着る、髪型を変える、これだけでも気分転換になりますよね?

楽しかったり、ワクワクしたりしますよね?

そのドキドキワクワクを「でも大変だな」で邪魔をさせたくないのです。

彼女は、とっても家族からも愛情を受けて育っています。
彼女も家族が大好きです。

これは見ていたら分かる真実。
(もちろん大変さもあるとは思いますが)

年齢や年月を互いに重ねても、同じようであってほしいですからね。

そういう願いも持ちながらのぐるんぱの活動です。

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